
我が息子がこの世に誕生いたしました。
すばらしい。
先週の金曜日くらいからなんとなく今週末に生まれるんじゃないかなとソワソワしていて、仕事が終わった後もいつ電話がかかってきてもいいように最終の新幹線の時間を過ぎるまでは事務所のあたりをウロウロとしていたり。
結局電話がかかってきたのは土曜日の10時前、本人からの電話だったしいたっていつも通りだったのでまあ間に合うかと思っていたのですが新大阪で新快速電車を待っている時、15時過ぎにお義母さんから「生まれたよ」とメールが入った。
立ち会えなかったのは残念だったけど病院に着いて4時間ちょっとで生まれたし何よりすごく嬉しかった。
(正確には2009年10月17日土曜日14時44分生まれ, 身長49cm, 体重3108g)
どうせ立ち会えないんだったら駅のホームじゃなくて一人で部屋で知らせを受けたかったな、喜びを何かしら表現しないとむずむずして気持ち悪い感じだったから。
病室に着いて対面した時は不思議な感覚でした。
あまり上手く表現できないけど自分の息子はこんな子だったな、みたいな前から知っていたような感覚。
不思議ですね。
僕だけだったら申し訳ないのですが正直言って男の人は赤ちゃんがお腹の中にいる内は父親になる実感や覚悟ってあまり無いと思う。
もっと正確に言うと実際に対面したあとの実感や覚悟に比べれば生まれるまでのそれらは理屈で理解しているだけだったということが会ってみてよく分かるという話。
よくウチの母親が「子供生んでやったんやから感謝しろ」と父親に冗談半分、本気半分で言っていて笑いながら聞いていましたが、それを言われるとさすがのウチの親父も笑いながら「アホか」としか言えなかったのが今になるとよく分かる、完全降伏だったんですね。
子供を産まない主義の人や産みたくても産めない人もたくさんいるのでデリケートな話ですが、あくまで個人的な思いです。
僕を生んだ母親や僕の息子を生んだリカッペは僕にとって素晴らしいというごくプライベートな次元の話。
リカッペの実家にお世話になって病院に2日間通ったのですが見ていて飽きないです。

僕は変な顔だなと思っていたのですが、見に来たウチの両親は小さい頃の僕に似ていると言っていました。
変な顔だけど自分に似ていると言われたらなんか嬉しかったり。
昨晩東京に帰ってきました、みんなに伝えた名前も概ね好評だったし他に候補も無いから決定。
「ゆうり」と名付けました。
いかにも男って名前でもなく、いかにも女って名前でもなく、かつ響きがいい名前をいくつか考えて産休中のリカッペに送り夫婦で相談した結果この名前に。
僕と同じように母親から漢字を一字もらったことも大事なポイントかな。
これからゆうり?ユウリ?をよろしくお願いいたします。