29 March, 2006

森山邸

今日事務所にスチールデザインという社団法人日本鉄鋼連盟という難しそうな名前の団体が半年に一回のペースで出版している雑誌と呼ぶにはボリュームが無さすぎる小冊子が届いた。
今回の特集は「森山邸」(設計:西沢立衛建築設計事務所/構造:ストラクチャード・エンヴァイロメント)。
建築用途は賃貸住宅(3戸)と森山さんというオーナーとその幼なじみの専用住宅の計5世帯が入る住宅。
鉄鋼連盟が取り上げるくらいだからもちろん構造は鉄骨造なんだけどいわゆる柱、梁が鉄骨になっているものではなく、外装の仕上にもなっている鉄板が構造体の鉄板構造。
1月末にタッチンと実際に見に行ったんだけど外から見ると鉄板を溶接で接いでいるとは思えない程フラットな仕上に驚いた。
(その時偶然設計者の西沢さんを含めいっぱい人がいたから、オープンハウスやってるわ、と思いずかずか入っていったらなんかみんなが不思議そうな顔で見てくる。
しばらくすると西沢さんが『誰かのお知り合いですか?』って聞いてきた。
話を聞くとどうやら身内でのパーティーだったらしくかなり失礼。
でも『ゆっくり見ていってください』って言ってくださり感じの良いヒトだなという印象を持った。)





従来、建築家というものは建築に絶対に必要な構造体を薄く見せたり、細くしたりして消そうとする傾向にあるんだけれど、この構造は外装材自身が仕上材であり構造体として自立する。
しかもRCの壁構造に比べると断然壁が薄い。
通常このくらいの大きさの建物だと、RC壁構造なら厚み=250mmくらい必要なんだけどこの場合16mm!
同じボリュームの建物だと中が随分広く感じるし壁が薄いという事は心理的に外と繋がっている感覚が持てるだろう。
もちろん施工精度が問われたり色々な苦労はある訳だが構造体が出来上がったときは仕上も同時に出来上がっている訳だから効率はいいように思える。(通常構造体を組み立ててその後外装仕上材を張り付けていく。)
とても可能性のある構造であると言える。

この構造自体は最近伊東豊雄さんを初め、伊東スクール出身の建築家の間では多少違いはあれど、流行している模様。(妹島さん、ヨコミゾさんなど)
長所についても随分前から理解しているつもりでいた。
しかしこの森山邸が他のものと違ったのはその建ち方(在り方)である。
ふつうにやると下に賃貸住宅、上にオーナー住宅という形式になると思う。
しかしそうすると周辺の環境に対してとても大きなボリュームの建物が出来てしまうので、それを嫌い、色んなボリュームの建物を計10個配置している。
そうすることにより、各建物の間に空き地が生まれ共有の庭となったり路地となったりするわけで、周辺の街に対して開かれたものとなり関係性が出てくる。
1つの敷地に無関係のヒトが住む事に対して昔の地域社会のように隣に住んでいるヒトに会うと挨拶出来るような状況を提案したかったと設計者は言う。
プライバシーや防犯性に関しては、閉鎖的なことによるプライバシーの確保を売りとするマンションとは全く逆のアプローチである。
自分の実家の事を思い出すと隣の家が多少うるさくてもムカつかなかったし、鍵をかけずに少しくらい外出しても近所のヒトが見てくれているので不安も無かった。
ウチの木が伸びてくると隣のヒトが切るのを手伝ってくれたり。
そういうコミュニティの形成を目指しているんだろう。
壁が薄いという事はこのことにもとても役立っているようにも思えるし、目指すものと建築自体がとてもバランスが良い。
都心の高層マンションではさすがに無理があるだろうけど、僕が住んでいるような小さな集合住宅の在り方としてはとても新しい提案のように思えた。
この提案こそが構造というエンジニアリングからの視点以上に、建築家として街、環境を良くするという目的の上でやりたかった事なんだろうと思う。

そしてもう一つ面白いのは、返済が進むに従って、ゆくゆくは森山さんとその友達だけの専用住宅になること。
その特殊な要件に対しても応えられている。

みんな嫌うかも知れないけど、ある種の発明のようなものだからパクったとかパクられたとか言わないで、今後積極的にこの分棟式集合住宅を採用して欲しいな、と素直に思う。

反面、ありきたりの対応で大量生産を繰り返していた耐震偽装問題の中心人物である姉歯さんの奥さんが自殺したと聞いて、とても悲しい気持ちになった。
細かい事は何も分からないしこれについて何にも書く気は起こらないけど、大量の被害者のいるこの事件の中で、最初の一番大きな被害者が出たことは事実。

28 March, 2006

荷物

今日は一日気分が冴えなかった。
月曜日というのはいつになってもこういうものだ。
気にしない。
夕方くらいに終わらそうと思っていた仕事が結局一日かかってしまい完全なペース配分ミス。
最近自分で思っていた以上に早く終わらせることが多くなったが(今日のような)逆もたまにある。
今日のは多分にメンタル面からの影響だと思われる。

一段落ついたから22時前に事務所を出る。
帰りの電車は新しい携帯のデフォルトでついているSim City。
コツをつかむとなんてことのないゲームだが原因不明のUFO襲来はただ泣きながら去るのを待つしかない。
一生懸命作った街を壊されるのって悲しい。
新しくした携帯、今のところ大きな不満もなく気に入っている。
それにしてもみんなよっぽど鬱憤がたまっていたのかこの前のblogのタイトルのおかげでアクセス数が一気に増えた。

帰りにサミットでお買い物。
お手軽に野菜炒めでも作ろうかと。
お会計を済ませ、外へ出てタッチンからのメールに気づく。
「豚ばらの荷物を作った。」
????・・・まあすぐ分かったけどね(笑)
もっと早くメールに気づいていたら家に直行したのに。

家に帰ると自分の部屋では嗅いだことのない家庭的なスメルが。


タッチン特製「大根と豚バラの荷物(もとい煮物)!!」
うまかった!
いい感じにくたびれたオヤジが一人でやってる小料理屋に置いていそうな感じ。
今日買った野菜を無駄にしないように今度はオレが野菜炒めを作ろう!
家に帰ってくると冴えない気分は吹っ飛ぶ。
タッチンはもはやウチにいることが馴染みすぎている。
もともと引きこもり資質大アリなんだけど家で寝る前にダラダラ本読んでる時が楽しい。

25 March, 2006

ULTRA BRAIN / NEO PUNK


apple/itunes+ipodのサイトを見るとこの画像がトップに出てきた。
itunes Music Storeにて視聴してみたら何やら新しい感じ。
調べてみたらハイスタの難波が新しく始めたULTRA BRAINっていうバンドだった。
ハイスタそこまで好きじゃなかったけどやっぱり才能あるんだな、と。

今ある会社の本社ビルの2F(250㎡くらい)のリニューアルをやってるんだけどウチのボスがやたら「高級感」という言葉を口にするのが耳につく。
「当時(竣工当時、せいぜい5年前)はこういう風に木目があまり見えないのが高級感あって流行ったんですよねー。でも今となっては古くさいからもっと木目がはっきりしたものを使って高級感を出しましょう」なんて言っている。
???である。
会話の中に既に矛盾がある。
何年か後に同じように言われる運命にあることをやるのか・・・。
高級感とかチープとかスマートとか重厚感とか繊細さとかかわいらしさって仕上げ材を選定する以前の納まりや処理、モノ自体がどういう見え方になるのか、で操作するものだと思う。
もちろん逆もあるし素材に合わせたディテールを考えることも重要、でもこの話はその次元までいっていない悲しさを孕んでいる。
インテリアのデザインって多少ファッションの要素があるのは分かるんだけど、ねえ?
なんかやるせない気持ちになった。

今日は仕事が遅くなったから事務所の経費で夜食。


BAPE CAFE!?にてステーキを食らう。

24 March, 2006

スーパーBIGチョコ

スーパーBIGチョコ・・・


世の中にこんなにもうまいチョコがあるのだろうか。
僕は知らない。
ここでの「うまい」というのはコスト対効果(コスト対味、コスト対量を含む)を考えてのこと。
ピエール・エルメとかジャン・ポール・エヴァンとかリシャールなど最近話題のスポットには必ず出店している高級チョコも確かにうまい。
でもどれをとっても、もれなく高いんだからうまくて当たり前。
こちらは50円です。
小、中学生だって大人買いできるくらいの値段!
最近コンビニでもたまに見かけるので見つけたら即買いを激しくオススメします。
(ここのチョコ製品、5月から9月くらいまでは発売してません)
ちなみにこのリスカ、うまい棒なんかも作ってる。
すばらしい会社だ。
僕が執行役員務めるならこの会社で決まりだ。
(リスカってリストカットの略語っていう意味もあるみたい。)
mixiにコミュニティなんかも発見。


そういえば大学生のときココのチョコにもハマったなー。
毎日食ってた。
今はラインナップにも入っていない・・・。
復刻希望!

23 March, 2006

消された一家

昨日のblogでSO902iというタイトルにして文章の中にWBCが含まれていたから、blogを書いていることすらほとんどヒトに言っていないのに異常にアクセス数が増えたからビックリ。
そっち系の詳しいお話を期待して見にきたヒトはすいませんが見ないほうがいいです。

先週この本、「消された一家」を読み終えた。
(この本を読みたいと思っているヒトは読んだ後にでもこのブログを見てください。)


誰かさんのように途中で止めたくなるようなこともなく一気に読んでしまったが感想はほぼ同じ、確かにひどい。
大体の内容は以下参照。

”被害者は妻の父・母・妹夫婦・姪・甥…。「天才殺人鬼」松永太は、一家をマンションに監禁し、「殺す者」と「殺される者」を指示した。彼らは抵抗も逃亡もせず、互いを殺し合った。遺体はバラバラに解体された。ついに妻一人を残し、家族は消滅した—。七人が抹殺された“史上最悪”の密室事件。衝撃のホラー・ノンフィクション。”

正確に言うと指示はしていなくて自主的に殺したという状況を作り上げるのが男のやりかた。
ただ読み終わってもなぜこんなことをしたのか、金のためならもっと他になかったのか、と疑問が残った。
あと最終的な判決を裁判官が下すことにも何か解せないものがある。
というのは、最大の加害者は松永という男で間違いはないのだけれど男と20年間に渡り行動をともにした(もちろん自分の意志ではない)緒方という女がいてその女は自殺することすら許されず自分の家族を殺した。
判決はどちらにも死刑判決が下った。
日本の法律からするとまあ妥当なのだろう。
しかし納得のいかない自分もいる。
著者もDV被害者の心理状況や逮捕後反省している緒方の供述による真相の早期解明の経緯を考慮すれば情状酌量の余地はあると思っていたらしい。
要は死刑よりも重い刑がないことが納得出来ない理由の一つだと思う。
この場合比較の問題ではないと思うが松永と緒方の刑が同じということが解せないのだ。
それにこの罪を犯した犯人を殺して裁くということを被害者が納得するとは思えない。
死ぬことを許されないまま苛められ続けた結果、死んでいった被害者が。
でもいくら考えてもこのヒトが犯した罪以上にダメージを与える刑って思いつかないんだよな。
どちらにせよ死刑以上の罰ってあってもいいと思うんだな。
じゃあ死刑は肯定的?って思われるけどなんとも言えません。
死刑廃止という意見は思っていた以上に多い。
確かに死刑という罰が犯罪抑制能力を全くもたないケースは多々ある。
自爆テロなんかは死にながら殺すのだから最たるものだと思うけど、中途半端な罪を犯して生きて償うよりもいっそ死刑になる程の大きな罪を犯そうっていう思想に至る助長になり得てしまう。
結局死ぬのが怖いと思っているヒトが考えたものなんだろうね。
なんか支離滅裂だけど興味があったら読んでみてください。
地下鉄サリン事件とこの事件の判決(内容)が同じってことに疑問を感じるヒトは、これを読んでも僕と同じようにすっきりしない思いが残ると思います。