07 April, 2007

Family

3/30 (FRI)
仕事を早めに終わらせ、羽田までダッシュ、なんとか飛行機に乗り込んだ。
幼なじみのミイちゃんの結婚式に出席するための帰省。
ギリギリで押さえた席は機内ド真中、ほんの1時間くらいなのに、もの凄く疲れました。
高松空港へ着くと親父が迎えに来てくれていて帰りにハンバーグ食べて、ミイちゃんの実家へ遊びに。
家族として両親と最後に過ごす大事な時間にお邪魔して恐縮だったけど、そんなことお構い無しなオカンと姉が先にいてくつろいでいた。
ここの家族には小さな頃からとてもお世話になっていて、受けた恩は一生かけてもとても返すことは出来ないくらい。
ウチの家族も含めて僕が最も遅くに生まれた最年少なので、みんな親しみを込めて僕のことを”ナオヤ”と呼ぶ、姉のことは”ヨウコちゃん”と呼ぶのに。
普段年上と遊ぶこともそんなにないし、同世代と遊ぶ時も偉そうにしてたりするけど、ここにいる時は何にも気にせず昔のまま弟キャラでいられる。
ここに来ると東京ではどうやっても得られない居心地の良い時間を与えてくれます。

3/31 (SAT)
結婚式当日、場所は琴平町、琴参閣、有名な金刀比羅宮の麓。
いつも行っている洋風な結婚式とは違って、新鮮でした。

お色直しの後の登場ではバルーンの中から表れるという、KINGのような登場シーンもあり。

最後の両親への手紙は昔から知っていることもあり、いつにも増して感動しました。
ミイちゃんの家族へ対する尊敬や、感謝、両親の関係への憧れ、愛情が2,3分程の手紙の中に全部詰まっていたように思えた。
友達の結婚式というよりは、自分の姉の結婚式の時の感覚に近い感動でした。

2次会では中学生の時の同級生とも久しぶりに話せて楽しかったです。

4/1 (SUN)
お昼前に起きて大した二日酔いも無く(ウコンの力のお陰)親父と一緒にベンジーの散歩。
これがいつも楽しみなんです。

散歩の後、親父と入院しているじいちゃんのお見舞い、正直ツラかった。
もう長くないのが僕の目にも明らかで、その場に長くは居られませんでした。
お昼ご飯は両親と一緒に姉の職場まで行き久しぶりに家族4人で、昔はそれが当たり前だったのに少し照れくさかった、でもそれが妙に楽しかったな。
その後トッピの家に送ってもらって、トッピに空港へ送ってもらう道中、近況についてなど話すことも出来てゆっくりしていながら、充実した時間を過ごせました。
ゆっくりし過ぎて空港へ着いたのが出発の10分前になってしまったのはご愛嬌。

この時はまさか2日後にまた香川へ戻ってくるとは思っていませんでした・・・。

4/3 (TUE)
朝いつも通り仕事に行く時間に起きて、母親からのメールに気がついた。
「じいちゃんが死んだ、葬式は明日(水曜日)、忙しいだろうから戻ってこなくていい、(その他)」という内容のもの。
一瞬頭がグルグル混乱したけど、戻らなくてはと思い急いで準備し、先ずは事務所へ向かってそのことを告げ、夕方の新幹線で香川へ戻ることに決めた、なぜかこんな状況なのに仕事がはかどり、いつもより頭がよく回ることが不思議だった、やけに時間が過ぎるのが早くそうこうしているうちにすぐ夕方に。
品川から新幹線に乗り、香川へ着くと22時過ぎ、同い年のいとこが迎えに来てくれ、葬儀場へ向かう車中、昔の思い出が出てくる、出てくる。
到着し、じいちゃんの顔を見たらホッとした、というのはこの前お見舞いに行った時はすごく苦しそうで鬼気迫る表情だったから、相当苦しんだんだろうと推測していたんだけど、とても穏やかな顔で目を閉じて少し笑っているようにさえ見えたから。
家族みんなもそれほど落ち込んでいる様子も無かったので良かったけど、親父だけとても寂しそうな顔をしていてそれを見るのが辛かった。
みんなその場へ泊まって行くと言っていたけど、親父はベンジーの散歩があるから家へ帰ると言う、こういう時は一人にしてあげたほうが良いものかどうか、僕には分からないんだけど一緒に帰ることにした、ローソンで2本だけビールを買って。

4/4 (WED)
葬式当日、早朝ベンジーの散歩に付き合って帰って来た親父に起こされ喪服に着替えて葬儀場へ。
大学3年の終わりに母方のじいちゃん、昨年のバレンタインに母方のばあちゃん、こう言っては何だが僕もだいぶん慣れたもの、アッという間に葬式は終わった。
(途中あちらの不手際、対応の悪さが続きオカンがキレるのを久しぶりに見れて痛快だった(苦笑)。小さい頃のように姉と2人で大笑いして見てました。)
幼い頃いつも一緒で、色んなことを僕に教えてくれた母方の祖父母に比べると、父方のおじいちゃんとの思い出は姉に比べて僕は少ない。
僕が小さな頃から東京に住んでいて、たまに帰って来てもいとこや姉は嬉しそうだったけど僕はそんなに嬉しくないし、どう接したらいいかよく分からなかった。
でも小さな頃から人見知りの僕に優しくしてくれたし、とてもいいじいちゃんだった。
僕の中では小学校高学年になり、毎年家族で東京へ遊びに行くようになり東京という街を丁寧に僕らに案内してくれた印象が一番強い。
不思議な縁で僕は今東京に居る、その時の影響も少なからずあるだろう、東京という街を実際の距離よりもずっと身近に感じていたから。
今でも滅多に乗ることは無いが井の頭線に乗るととても懐かしく感じる、これからはより強く思うことがあるんだろう、と思います、ありがとう。

その日の夜は意味も無く家族4人で高松まで車でドライブ、帰りに深夜のファミレスに寄り、お茶しました。
(親父はハンバーグ食ってたけど・・・)
人が死ぬのはもちろん辛いけど、その人が近ければ近い程、大事であれば大事な程辛いけど、離れて暮らしている同じ思いの人や家族が集まることの出来るいい機会を与えてくれているように感じました。

4/5 (THU)
オカンと姉とミイちゃんと高瀬のアルデンテでお昼ご飯。
帰りにケーキまで買って食べたのでお腹いっぱい。
夕方親父も加わり僕を空港まで送ってくれました。
空港の喫茶店でお喋りしてたら、同い年のいとこも僕を見送りに来てくれた。
色々あって疎遠になりつつあった関係、これもじいちゃんのお陰でまた近づくことが出来ました。

短い間に結婚式と葬式、真逆にある2つの儀式に参加して色んな思いで頭の中が活性化された。
これほどまでに、家族というものを意識した(せざるを得なかった)経験は生まれて初めて。
少しだけ考え方が変わったような気がします、はい。

夜の羽田空港と、モノレールがすごく好き、というより夜の東京の街を引いて見るのがとても好き。
ボーっと帰りのモノレールから外を眺めていた時、iPodからバッチリハマる曲が流れて来てゾクっとしました。
色んなことがあったわずか1週間足らずの間の出来事、エンディングテーマは「ナイトクルージング」。

2 comments:

rie said...

大変な日々を送ってるなぁ。
そしてfujiiは出来事のひとつひとつが糧になって身に付く人間だよね〜。
睡眠はちゃんと取りなよー。
ボアのライブはOPEN 18:00 START 19:00です。オールではないです。
(ちゃんと伝えてなくてゴメン)riebowより

naoyafujii said...

頭では分かってるつもりで偉そうなこと言ってみたりもするけど、経験するまでなかなか分からないことばかりだな、当たり前だけど。
何年か前のリキッド以来のボア、楽しみだ。でも間に合うかな・・・??
決してBoAでは無いところがミソ。